氏名:非公開

Suita, Osaka

自己紹介

走って踊れるド派手な人事!
1.富山⇒生まれてから高校卒業まで、大学は東京にいくもんだ。と思っていたらなぜか大阪に。
2.大阪⇒短大時代は、サークル・バイト・旅行三昧!寮生活もあわせて、とにかく遊びまくって充実した2年間。
3.遊びまくっていたので、全く英語が話せないのに、スピーカーメーカーの海外営業部へ配属。社会人の厳しさと欧米人・アジア人のモノの考え方を学ぶ。
4.英語で相手を説得できない自分に嫌気がさし、イギリス語学留学決意。全額自費なので、人生で初めて真剣に勉強する。1日10時間は学習した。世界は広い!文化・考え方・視界が広がりました。
5.大阪に戻り、結婚。(かなり強引。は~い、プロポーズは私から)
6.某国立大学医学部の教授秘書に。秘書ってガラではなかったけど。医学部一のマンモス研究室で留学生もたくさん!何より教授の仕事のすすめ方・気配り・マネジメントなど非常に多くの事を学ぶ。8年間勤務の間に 、長男・長女も出産。二人とも生後3ヶ月から保育園育ち。
7.14年住んだ大阪から→富山へ、だんなが脱サラして、飲食業を志したため。だんなは富山の料理学校へ入学、晴れて、学生&主夫となる。富山では、素敵な和楽グループ・富山ビューティーカレッジで事務局の仕事をさせていただきました。「素直」「感謝」「遠慮しない!こと」先生方・そして生徒からたくさんの事を教えていただき、宝物となっています。富山の素敵な友達の輪も広まりました。
7.だんなが料理学校卒業後、イタリアへ。1年半の滞在中、最後の2ヶ月は家族でオランダ・イタリア・スペイン・イギリスを旅行する。子供らは小学校を「休学」し、真面目な富山では「前代未聞」と言われる。特にイタリアでのウーフ生活は貴重な・必ず生きているうちにもう一度訪れたいと思うホストファミリー2家族に出逢いました。子供達にとっても良い経験だったと思います。
8.帰国後、沖縄在住の友人の生活に「ビビっ」ときて沖縄へ移住。なーんにも考えてなくて。「ただの勘」だったが当たっていました。だんなはお弁当テイクアウトを開業し、私は金融関係の会社へ就職。沖縄は本当に独自文化。恩納村のきれいな海・空・人に迎えられいろんな意味で異文化体験でした。
9.2011年秋、もう少し沖縄にいるつもりだったけど、方向性を転換し、大阪に引き上げ。40歳直前での就職活動は大変!でしたが、なんとか外資系企業にもぐりこむ。6年ぶりに大阪の生活に家族も合流し、歌舞伎を観るために、仕事に励み、日常生活も楽しんでいました。生涯現役実行のために心・体・頭を鍛えて、子供二人も大阪に慣れ(もともといた場所ですが)思春期突入。
10.お誘いとご縁をいただき、ZBRに入社。総務人事を担当します。今までの経験の集大成。
11.2014年からサンバとお着付を開始、目指せ美魔女。2016のテーマは突き抜ける!踊れるオカンで、走れる人事、高付加価値を目指します。アタシが就業規則!


職歴 / 学歴

  • 富山南高等学校

  • 関西外国語大学短期大学部