輸入商社の設立、インド・ロシア・中東でのホンダ現地法人設立について話せます
■背景
2回目の駐在先であるインドから、現地法人の立上げプロジェクトに携わることとなった。ホンダの4輪車の現地生産及び販売会社であり、その中で補修部品の調達(輸入・現地調達)ルートと4輪販売店・部品販売店への供給ルートの確立した。その為に従業員の採用・教育を行い、部品倉庫の建設・運営を担当した。帰国後、日本国内の部品販売にも従事したり、韓国やシベリア地区での部品販売ルート調査をした後、ロシアでの4輪・2輪・汎用製品の販売現地法人設立プロジェクトでロシアに駐在する。ここでも補修部品の輸入販売ルートの確立と、現地法人の本社社屋。倉庫の建設を担当したので、それに伴う従業員の採用・教育と仕組みの構築を行った。組織の運営が軌道に乗ったので、中東のドバイにそのまま横滑りで駐在先を移動し、今度はドバイの部品倉庫を経営しながら、エジプト等の中東各国での現地新会社の設立や販売店の選定・指導業務を行った。しかし、ちょうど同じ時期に「アラブの春」が起こり、エジプトのムバラク政権が倒れて不安定化したり、シリアで内戦が勃発しアサド政権が弱体化するなどに遭遇し、業務を滞りなく遂行することが困難となり、日本に帰国することとなった。しかし、日本国内で今までのようにダイナミックな仕事を社内で続けることは難しいと考え、退職して自ら起業して今までに培った自分自身のノウハウを、ホンダという看板の無い所でも通用するか試してみたと思うようになった。その時、どんなことをやるかと考えた時に思い至ったのが、妻がロシア駐在時代に発見し日本に紹介したいと言い出していたロシア製磁器の輸入販売である。私自身全く未知な業界で直接消費者と接する部分もありますが、会社の設立運営はお手のものだし、苦労を掛けてきた妻への恩返しと、日本人がロシアという国について大きな誤解をしていると思ったので、会社を起業して現在に至っている。
■話せること
1)インド人・アラブ人・ロシア人と一緒に仕事をしていくという事は、日本人が海外取引の基本と考えているアメリカ・ヨーロッパの人達とは根本的に違いますし、我々の身近にいて何となく考え方がわかる中国や東南アジアの人々とも相容れません。新しい会社をゼロから設立し軌道に乗せていくという事は、既に存在して運営されている会社に駐在するのとは全く違って、そこでともに働いた人達とはまさに戦友のようなものです。どのように彼らと共に協力していくかを話せます。
2)会社を設立するという事は、適切な法律が未整備だったり賄賂を要求される環境では一筋縄では行きません。そのような状況でのノウハウがあったからこそ、失敗が許されない高齢での自分の資金を使っての会社の設立とその運営は、他の人へぜひとも伝えたい私のできることです。
3)ホンダという大企業の中での、取引先からの購入や販売店への販売というB to B、自分の輸入会社という零細企業のとしての、ロシアの名門企業の日本正規代理店としての輸入業務から、百貨店等を通じての個人のお客様への直接販売というB to C。調達と販売という両面を、大企業の一員・零細企業の社長として経験しています。
4)これは直接的にビジネスに直結する話題ではありませんが、大学に入学するまでのヒッピー的な放浪生活、ホンダに入社して以降のインド・ロシア・中東のようなマーケットとしてはとても大きいが、日本人にはなじみの薄い地域での経験、そして現在に至る高齢化して老後問題を抱える日本社会の中での「チャレンジングな起業」。特に人生の進路に悩む若い人達に、こんな人生の生き方もあるんだよと、面白いロールモデルとして伝えていきたいのです。
■その他
現在の仕事が、ロシアのウクライナ侵攻によって大きな影響を受けて、廃業の危機に立たされたのでこのビザスクに応募しました。今ロシアの対する反感が非常に高くて、ロシアがらみの商品を販売することを全ての百貨店等が中止しているので、主たる販売網が閉ざされました。また、日本政府と欧米各国のロシアに対する経済制裁の為に、銀行間決済を伴う正規の輸入が出来なくなった為です。