氏名:非公開

株式会社カイケツ / 代表取締役

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自己紹介

野崎美夫履歴書・職務経歴書



1981年 同志社大学文学部卒業後
東京六本木のコアプランニング株式会社入社
コピーライターとして勤務
いすゞ自動車、イトーキをはじめとする大手企業の広告・販売促進ツールの
企画・コピーライティングを担当
特に、いすゞ自動車の10トン級大型トラックの
フルモデルチェンジキャンペーンで
これまでにない商業者の広告販促プランをご提案し
BtoBとくに産業関連車両の新たな販売戦略立案に貢献する
1983年 乗用車への広告キャンペーンを手掛けたくNCS株式会社に転職
     鈴木自動車、ヤマハをはじめとする大手企業の広告・販売促進ツールの
     企画・コピーライティング・デザインを担当
     特に、軽自動車の販売競争が激化するなか
     これまでの軽自動車ターゲットとは違う新たなターゲット拡大に貢献
また、新発売期だったヤマハテニスウェアをシェアNo.1に導く
1985年 乗用車広告キャンペーンを極めるべくホンダ技研の広告キャンペーンを担当する
     株式会社原宿・サンアドに転職
     世界初の4輪操舵システムを搭載した新型プレリュードの広告キャンペーンを
     戦略・コンセプト立案からコピーライティングまで担当
     スペシャルティカーブームの最盛期にNo.1の販売販売実績を記録する
     広告関係のみならずPR関係も担当し、新型車発表会における
     当時の久米社長のプレゼンテーション原稿執筆をはじめ
     対外的なコミュニケーション原稿のすべてを担当
1988年 ヘッドハンティングによりトヨタ自動車系ハウスエージェンシー
株式会社南北社(現株式会社デルフィス)に転職
日野自動車10トン級大型トラックフルモデルチェンジキャンペーンを担当
     新聞広告30段をはじめ、これまでにない広告戦略・表現手法により
     シェアNo.1を不動のものとする
     競合プレゼンテーション戦略要員として、トヨタ自動車の乗用車キャンペーンの
     競合コンペに参加し、アカウント増大に貢献する
     ボッシュをはじめとする自動車関連部品の広告キャンペーンを担当し 
     日本国内での圧倒的シェア拡大に貢献する
1990年 株式会社エヌワイアソシェイツ設立
     代表取締役として現在に至る
     株式会社南北社、株式会社第一企画(現株式会社アサツーディ・ケー)、
株式会社I&Sをはじめとする大手広告代理店の契約ディレクターを務める一方、
自社での活動をスタートする
三井不動産パークシティ横濱プロジェクトにおいて不動産広告史上に残る
『ミセス・ファースト』のキャッチフレーズで早期完売に導く。    
     その後、三井不動産、三菱地所、野村不動産、東京建物をはじめとする
     日本を代表する不動産デベロッパーの各種超大規模マンションキャンペーンを
     次々と担当。都心の品川Vタワー、キャピタルゲートプレイスから、
     首都圏、名古屋、関西、福岡、仙台、札幌とその担当エリアを広げる。
     リーマンショックを期に不動産広告環境の変化に対応し、
     サッポロビール黒ラベル、キユーピー、AGF、サントリーウェルネスといった
     一般消費財の広告キャンペーンに転換
     さらに、従来の不動産広告キャンペーンとは異なる
     三井不動産の品質管理、新規事業開発、街づくり開発のコンサルティングを
     業務委託契約で担当。
     一方、歯科・医科クリニック、中小企業及びその経営者の方々の
ブランディング、集客、求人採用のコンサルティング、各種セミナー登壇を
10年以上に渡って手掛ける。
著書の『見えない時間で稼ぎなさい』(フォレスト出版)は、5万部を突破し、
Amazon総合ランキング1位のベストセラーに輝く。
『励ま詩』(マガジンハウス)、『Jカーブの法則』(フォレスト出版)、
『プラス1パーセントの法則』(アスコム)といったビジネス書にくわえ、
『大きなやかんは沸くのに時間がかかるから』(講談社)、
『きのうは変えられる』(PHP)の2冊の詩集も出版して、著書累計10万部突破。
ニューヨークADC賞受賞、東京アートディレクターズクラブ受賞。


職歴 / 学歴

  • 2002/4

    株式会社カイケツ /代表取締役

    2002/4 在職中

  • 1987/4

    株式会社エヌワイアソシェイツ /代表取締役

    1987/4 在職中

  • 1977/4

    同志社大学

    1977/4 1981/3