ミューズメント業界での一人用メダルゲーム機及びカジノ向けゲーム機の企画開発についてお話出来ます

  • アミューズメント機器
  • 研究開発

経験内容

実績や成果(続き)

5.1990年代後半は、ネバダ州ラスベガスにあった関連会社旧シグマゲームインクの業績が悪化、旧㈱シグマの社長より直々に旧シグマゲームインクのゲーム企画開発の立て直しを依頼され、1997年に欠けて計6回分けての長期出張(約9か月間)を行ない、独特なゲーム性を持ったゲームを次々にシリーズで企画し、1998年の業績回復に貢献し、社長より直接、感謝のことばを頂いた。
6.1980年代後半から1990年代の約10年間、約20名から30名の部下と共に、年平均約20億円に繋がる一人用メダルゲーム機及びカジノ向けゲーム機開発を約2億円前後の開発経費で行ない、年平均約2億円
の営業利益継続に貢献した。
7.2000年4月にサミー㈱のアミューズメント部門に入り、その後数か月を掛けてプロジェクトメンバーを
社内外から集めると共に、サミー㈱における本格的な一人用メダルゲーム機開発プロジェクトを立ち上げ、ゲーム企画を担当しつつプロジェクトリーダーとして開発を推進、約1年半で完成させ2001年末より国内販売、その後もゲームバリエーションをリーダーとして企画開発し、2003年8月のサミー㈱退社までの約2年間の
約3500台の国内販売に貢献した。
8.2003年8月、旧㈱シグマ及びアミー㈱の仲間・同僚と共に、㈱クロンを立ち上げ、その後約1年半を
費やしてクロン製の一人用メダルゲーム機及びカジノ向けゲーム機を開発、2005年より販売開始。㈱クロンを社長としてマネイジメントしつつ、ポーカーゲーム全般、ビデオスロットの一部のゲーム企画/計算とすべてのゲームのグラフィックのプロヂュースを行ない、販売開始から2012年までの約8年間で国内・海外市場合わせて年間約400台、合計約3000台の一人用メダルゲーム機及びカジノ向けゲーム機を販売。

そのときの課題、その課題をどう乗り越えたか

 課題は数多くあったが、出来るだけ多くの人の意見に耳を傾け、最終的には自分自身の判断で決定し、積極的に行動して解決した。

業界構造(トレンド/主要プレイヤー/バリューチェーン等)の知見の有無

 これまでの経験による業界構造の知見はある程度あります。

地域

東京

役割

㈱シグマ 開発部長、サミー㈱ 開発スペシャリスト、㈱クロン 代表取締役

規模

㈱クロン500人、サミー㈱1500人、㈱クロン7人、 ㈱バンダイナムコアミューズメント、㈱アドアーズ

期間
1980年 〜 2003年頃
関連する職歴
  • 株式会社クロン 代表取締役
  • サミー株式会社 スペシャリスト
  • 株式会社シグマ 部長

氏名・職歴の開示について

氏名:(開示前)

株式会社クロン / 代表取締役

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自己紹介

旧株式会社シグマで20年、サミー株式会社3年半、メダルゲーム機及びカジノ向けゲーム機、特に一人用ゲーム機の企画開発を行なった後、2003年に一人用メダルゲーム機及びカジノ向けゲーム機の開発・製造会社を仲間と立ち上げました。その後2013年からは最小限の運営規模にて、一人用メダルゲーム機用のゲームソフト開発・レンタル及び販売と、2018年からは自社製品12台のみを設置したユニークなゲームセンター(アミューズメントカジノ)店舗の運営を行なっております。
 国内アミューズメント業界及び海外カジノ市場での約40年の経験には自負をもっております。最近は、各種店舗でのサービス内容や方法にお客として感じることが多くあり、お客を不快にさせない、押しつけがましくないサービスの企画に興味があります。

職歴

  • 株式会社クロン /代表取締役

    2003/8 在職中

  • サミー株式会社 /スペシャリスト

    2000/4 2003/8

  • 株式会社シグマ /部長

    1980/3 2000/2

他の経験