人材派遣・紹介業の新規事業企画、立ち上げ支援、運営支援、登録車を増やすための戦略策定

  • 人材派遣
  • 事業開発

経験内容

具体的な経験の内容

 人材派遣・紹介業の立ち上げ準備と並行し、人材養成機関を立ち上げ、それら全体の事業計画、プロデュースを担当した。

実績や成果

 上場企業では、0からはじめ、10億円規模のビジネスにした。現在はその事業を弾みとして上場を果たした。

そのときの課題、その課題をどう乗り越えたか

 これまでの経験を生かし、登録予備者の行動を分析し、ありとあらゆる手を打った。

業界構造(トレンド/主要プレイヤー/バリューチェーン等)の知見の有無

 現在は、人材派遣・紹介職①種限定なし①特定職種に対応③特定職種に対応し、人材育成も並行して行う・・という3パターンに類型化されている。特に②と③について事業企画から運営支援まで多くの経験をした。

関連する論文やブログ等があればURL

 ブログは辞めてしまったが、関連した書籍は、介護経営白書2007年度版と介護経営白書2014-15年度に執筆している。コンサルタントとしての最初の仕事は、テレビキー局のすべてと朝日、読売のほか共同通信経由で全国各紙に配信された。

お役にたてそうと思うご相談分野

介護、看護系の人材派遣・紹介業の新規事業開発、または登録者を増やすための戦略について

地域

関東 大阪 名古屋 茨城 群馬 長野

役割

コンサルタントとして、事業企画から、人材登録促進、人材教育、派遣紹介先マッチング、就労後相談

期間
2005年 〜 2014年頃
関連する職歴
  • ウェルケア・コンサルティング合同会社 代表社員
  • 平出総研 代表
  • 学校法人ACDグループ 室長 学校責任者
  • 株式会社群馬経済新聞社 支局長
  • 有限会社村田理化電子 課長
  • コーセイ電子株式会社

自己紹介

■ 自己紹介

26歳の時に、将来の仕事として「コンサルタント」になる目標を立てました。
そのために、新聞社に入り、多くの企業経営者に取材活動をするなどを基に、経営判断能力を養いました。
当時は、バブル経済の真っただ中で、企業経営者からは「誰か紹介してほしい」という人材の斡旋の依頼ばかりでした。それらから、人材層の薄い地域における人材養成に興味を持ち、取材先の学校へ転職を図った次第です。
その学校で、たまたま介護福祉士の養成校を立ち上げる話が出て、厚労省との折衝などをした関係で、開校と同時に責任者を任せられ、学校経営、運営のすべてを担当したのが、介護に特化したコンサルタントとしての独立の基盤になりました。

■自己PR
 コンサルタントとして独立して、最初に請け負った仕事が、在日外国人介護士養成校の立ち上げと運営でした。
 当時の日本は、「外国人が介護なんてとんでもない」という状況であったので、開校にこぎつけるまでは、大変厳しい道のりでした。
 しかし、開校後は、マスコミなどからも注目され、私自身もフジテレビ以外の各局や新聞社などの取材を受けました。コミック「ヘルプマン!」の第8章の中表紙に、私の授業風景が使われています。
 その学校の卒業生を、介護施設等へ就職指導し、今では外国人がハローワーク経由で介護の仕事ができるようにありました。
 この仕事が基盤となり、全国各地で外国人介護士の要請を手掛けたほか、それに付随して外国人介護士導入コンサルティングや、介護事業所の運営コンサル、各種研修などに仕事の領域を広げていき、現在に至ります。

職歴

  • 平出総研 /代表

    2018/4 在職中

  • ウェルケア・コンサルティング合同会社 /代表社員

    2005/4 2018/3

  • 学校法人ACDグループ /室長 学校責任者

    1993/4 2005/3

  • 株式会社群馬経済新聞社 /支局長

    1989/1 1993/3

  • 有限会社村田理化電子 /課長

    1986/2 1988/5

  • コーセイ電子株式会社

    1984/1 1986/1

他の経験